Review | 名建築を訪ねて 建築家・新堀和巳の考察
CASE.11 中川一政美術館 設計:柳澤孝彦

コンパクトな敷地の中に広がる
大空間と一筆書きの動線が光る美術館

日本洋画壇の重鎮であり、文化勲章受章者でもある中川一政画伯。その油彩や岩彩、書、陶器などが収蔵された真鶴町立中川一政美術館をご紹介したいと思います。設計は、建築家・柳澤孝彦氏。第二国立劇場の国際設計コンペで最優秀案を獲得された方です。平坦な部分の少ない傾斜地と言うコンパクトな敷地条件で、来館者に展示作品をおおらかな動線を工夫しながら、自然光の中で楽しむことができる丁寧な設計が見事と言える美術館だと思います。

【広々とした空間を光の庭で挟み、明るさを確保】
見切り 環境

光の量をデザインすることで、
空間全体を美しく彩る

中川一政美術館の大きな特徴は、回遊式の動線にあります。入り口から出口までいわゆる“一筆書き”になっているこの美術館の重要なポイントは、作品を見ながら回っていくことになる上で約600点もある収蔵物とコンパクトな敷地という条件の中、動線をいかにおおらかに、そして空間のつながりを分断せずにスムーズに観覧できるように表現するかということ。そういった意味のうえでは、とても分かりやすくつくられていますね。

またコンパクトなのですが、空間から受ける印象に圧迫感はなく、逆にとても豊かな空間に感じられます。その理由は、動線を交差させることで空間を違う角度から見せ、そのことによって異なる空間のように見えるから。だから建物面積よりもはるかに大きく感じられるのです。

吹き抜けのハイサイドライトがとても明るく、光の量を一方向で多く取り入れていることにより空間が美しく見えます。おそらく設計者は、このエントランスに入ったときのイメージを、大切にしているのだと思います。

【手間を惜しまない美しさへのこだわり 】
見切り 素材

高度な技により生み出される、
ディテールへのこだわり

壁や柱の部分は、杉板型枠により紋様を出していますが、目地を見るとすべて出目地になっています。コンクリートを打設するための杉板で組んだ型枠ですが、その杉板一枚一枚の板に面を取っています。するとその面の部分が凹み、そこにコンクリートが入って固まるため、それを外したときに出目地ができるわけです。でも、これがかなり丁寧な技であり、出目地部分が欠けてしまうことが多いのですね。このようなディテールを見ることで、建築のこだわりと奥深さを知ることができます。

杉板の板目を紋様として、それぞれの表情として出すには、加工を含めてとても手間がかかるわけですが、この模様をテンプレートでつくったような均一なものであれば、そこまで手がかからずに済むではないか。そう思う方もおられるでしょう。しかしそうすると、この自然にできる板目の紋様がパターン化されて面白くなく、綺麗ではなくなります。

【昔の日本の住まいに秘められた工夫と技術】
環境 素材

丁寧な仕事が生み出す、
住まう人にやさしい住まい

中川一政美術館の中にある和室を見てみましょう。昔の日本の家と言うのは、実は天井に一番お金をかけているように思います。現代は、照明や空調などのいろんな設備が出てきてしまったので、なるべく何もない平面としたものをつくるのですが、設備が出てくる前は、天井こそが見せ場だったのではないでしょうか。これからも昔の家を見る機会があれば、最初に天井を見ると面白いはず。どれくらい工夫しているのかを見るだけで、その家に暮らしていた人の住まいへの思いが伝わってきます。

ちなみに、この左官仕上げの壁には、和紙が貼ってあります。茶室などの狭い空間に座ったときに帯が壁にこすっても傷まないようにするためです。またこの土壁を仕上げるのにかなりの時間と手間を要します。まず下塗りをして、一週間くらい放置して、スサと粘土を混ぜたもので中塗りをします。そしてまた二週間くらい寝かせて、一旦、壁全体を自然に割らせるのです。一重、二重とヒビを入れさせて、十分に養生した最後にフィニッシュをかけます。何度も重ね塗られた土壁は、その層ごとに緩衝を和らげ、最終的には追従して表面の割れを防ぎます。左官仕上げとは、それだけ手間のかかる技術と作業であることを知って欲しいです。

【素材を見るのではなく、白と黒の認識をする 】
見切り 環境 素材

朝、昼、夜、その場所で、
その素材がどう見えるかを追求する

床の見方ひとつとっても、住まいづくりをするうえでとても役に立ちます。一般の方は、この床を見るとき“素材”と捉えます。木なのか石なのか、木でもどんな種類なのか…。でも、そう見るのではなく、私は建築家として、一度、白黒に置き換えて見るようにしています。そうすることで何が見えるかと言うと、素材の表面に光がどのように反射しているかというのが分かってくるわけです。

建物が立体である以上、目で見える構成されるものは光と影となります。十分な時間をかけて分析して、それが分かれば、光と影を具現化するためには、どんな方法や見せ方、技術が必要なのか、一つひとつ考察していくわけですね。なぜ銅板を使うのか。なぜ粗地にするのか。光がどう反射するかを考えているからこその答えであって、単に材質やデザインがいいから、質感がいいからと採用するわけではないのです。

「光と影だけで見る」。それを知っているだけで見え方が随分と変わってきます。最近の傾向として、なるべく影を排除しようとするように見えます。住宅設計するときに、なるべく明るくしてくださいと言われますが、その明るさは、外の日の下にいるようなものであったり、ガラス張りの温室のようなリクエストもありますが、それは人間の感覚の許容を超えているのです。明るさの限度は、果てしない欲望のように思えて、現代人をそのまま表しているようです。影が認識できて初めて光の強弱がわかります。双方があるから落ち着きが生まれますし、抑制ができるということです。コントラストのある日本の美しさを、今一度、取り戻して欲しいものです。

新堀 和巳

有限会社新堀和巳建築設計室 代表取締役。一級建築士。渡辺明設計事務所にて活躍後、独立。兵庫県安心住宅設計競技「システム提案部門特別優秀賞」受賞、あたたかな住空間デザインコンペ「LDKリフォーム賞」受賞など、数多くの受賞歴を持つ。住生活が第三の皮膚に相当するというバウビオロギー(建築生物学)をベースに、住まいづくりを進めている。