Review | 名建築を訪ねて 建築家・新堀和巳の考察
CASE.10 東山旧岸邸 設計:吉田五十八

私的と公的の狭間の中で生まれた、
デザインの合理性を追求した住まい

今回ご紹介する東山旧岸邸は、首相を務めた岸信介の自邸として、1969年に建てられました。建築家・吉田五十八先生の晩年の作品です。施主である岸信介の生活に配慮しながら、伝統的な数寄屋様式の美しさと、現代的な住まいとしての機能の両立を目指して設計されたそうです。要人も数多く訪問されたであろうこの住まいは、プライベートとパブリックが融合し、そして岸信介個人としての合理的な発想と、それに対しての建築家・吉田五十八との妥協点を探すような表現に見受けられます。

【広々とした空間を光の庭で挟み、明るさを確保】
環境

自然光をしっかりと取り入れ、
空間に必要な明るさを手にする

玄関から入ってすぐに客間としての大きな広間があるのが、面白いプランです。京都の町屋などもそうですが、奥行きのある家は外部から光を取り入れるところが少なくなってしまいます。そこで東山旧岸邸においても、広間に際して、入って右手に坪庭のようなものをつくり、光が回る空間の軽快さの工夫を施していますね。写真はその坪庭を背にして広間を撮ったものですが、あの遠くにある庭からの光だけでは、機能的に暮らすにはどうしても足りない。だから広間を庭で挟み、さらにはトップライトも設けて明るさを確保しています。

【どうすれば美しくなるのかを考え尽くす設計】
見切り 環境

敷地レベルを徐々に変化させ、
建物や庭が一番美しく見えるように

この和室へ導入する廊下は、もともとは土間だったそうです。人の意識を変えるアプローチとして路地のデザインであり、庭に向かって上り勾配となっていて、とても面白いものとなっています。居間と比べてレベルが変わっていませんが、外の庭のレベルが低くなっているため高床になって、和室の床としてみえるような細かく計算してレベル設定をしているのですね。写真では分かりにくいかも知れませんが、この場に立つととても不思議な感じがします。敷地環境に諦めることなく、どうすれば美しさを感じることができるかを追求する。建築と環境を熟考する大切な要素です。

【住む人のカラーを消すことでパブリックな住まいに 】
見切り 環境 素材

数多くの人が集い、会合が繰り返される
そのために最適な空間の形を追求

居間、そして食堂ですが、食堂のほうが大きくつくられていますね。結局、この住まいは岸信介の個人の家であり、またそうではないのでしょう。たくさんの政治家や要人を招いて食事をしながら会合を重ねる。そういった使い方だったのではないでしょうか。公の場であり、私的な政治交渉の場であるため、自分の色はあまり出さないで意識を集中できるようにしているのでしょう。食堂からは美しい庭が望めますが、押込戸を利用して、障子やガラス戸、網戸、雨戸を戸袋に引き込むことで、開放的な空間となります。これは単にデザインというより、食事時のサービスのために、室内において室外を感じるような機能的な考えに基づいてつくられているのだと思います。とても合理的で飾り気がない。白洲邸とは対照的ですね。

【自宅であって、自宅でないがゆえに生まれる均一化 】
見切り 環境 素材

重要なのは、建築家と施主の感性、
美意識の融合が図られること

私の考えでは、この東山旧岸邸をつくっているときの吉田五十八先生の考察に興味あるところです。勝手な解釈をして失礼ですが、たとえば食堂の全開口の意味とは何か、迷われたように思います。吉田五十八先生の考える光の取り入れ方からは、私的空間であればもっと陰影があるように思うのです。この場合は、公的な場として建築家の美意識と施主の考えが違うと、どうしてもこのような均一化されたデザインに落ち着いてしまうのですね。この建物は、伝統的な数寄屋様式の美しさと現代的な住まいとしての機能の両立を目指した、ひとつの完成形として評価されますが、住まいづくりにおいては建築家と施主の感性の融合が重要だと、あらためて感じさせられる建物だと思います。

新堀 和巳

有限会社新堀和巳建築設計室 代表取締役。一級建築士。渡辺明設計事務所にて活躍後、独立。兵庫県安心住宅設計競技「システム提案部門特別優秀賞」受賞、あたたかな住空間デザインコンペ「LDKリフォーム賞」受賞など、数多くの受賞歴を持つ。住生活が第三の皮膚に相当するというバウビオロギー(建築生物学)をベースに、住まいづくりを進めている。