Review | 名建築を訪ねて 建築家・新堀和巳の考察
CASE.09 御殿場・とらや工房 設計:内藤廣建築設計事務所 

短辺方向を連続的に立体化する
シンプルへの思い切りが見せる美しさ

2007年、御殿場東山ミュージアムに開業した「とらや工房」。内藤廣先生が設計されたあの有名な和菓子店をご紹介しましょう。2003年に元首相である岸信介の旧別邸が御殿場市に寄贈されたことから、同市が文化施設を構想。公園として整備する中で、とらや工房は誕生しました。矩計(かなばかり)の一断面、短辺方向を連続的に立体化することで生まれるプロポーションの美しさが、この建物の大きな魅力だと感じています。

【余計なものを加えないことで生まれる流麗さ】
見切り 環境

建物が建つ地形に融合する曲線美
雄大な稜線を思わせるプロポーション

この建物の設計の特徴のひとつとして、矩計の一断面、要するにたとえば短辺方向を連続的に立体化するというものがあります。とらや工房も連続された断面により、地形を包み込む美しく湾曲されたプロポーションとなっています。この断面だけ丁寧に考え、成立させるというのは単純でもあり、難しいもの。デザインするにあたって素形を残していくような作業となり、明確な意志があらわれます。だから回答がはっきりしていますから清々しく、いやらしさがないのですね。この建物のすごいところだと思います。

【微妙な色の変化をランダムに並べてデザイン性を高める】
見切り 素材

素材が持つ自然の色むらを
巧みに操った華やかなキャンバス

この壁の木にはジョイントが入っていますが、このジョイント位置はプロポーションとしてかなり意識していると思います。きっと何度もデザインの確認作業をしていると思いますが、このバランスがアクセントとして際立ちます。木の材質的に色むらが結構多いので、この色むらがランダムに並んだとき色のばらつきが生まれて、一律に並ぶより空間を華やかに見せてくれるのです。おそらく貼るときに、そのような意識をしているのだと思います。見た感じが“パラパラ”していて、とてもきれいです。

【日本の造園技法を駆使した空間設計】
見切り 環境

人間が持つ感覚を消すことで
永遠に広がるかのような空間を演出する

池側からテラス席を眺めたとき、向こうの庭にマウンド(築山)が見えます。あれは距離を認識させないためにつくられているのです。人は、面の境界線が見えると距離を理解してしまいます。おそらく敷地境界が近いのでしょう。それでマウンド(築山)を設け、向こうの境界線を分からないようにしているのです。すると人は、もっと向こうまであるように錯覚してしまいます。これは借景と自分の庭との境界線を分からなくする、日本の造園技法のひとつ。京都東山のお屋敷の庭園などは、ほとんどこのようなつくりになっています。
また、マウンド(築山)があるのは敷地の北側ですが、南からの光をマウンドに当てて反射させる効果も狙っています。そうすることによってテラス席に明るさをもたらしているのです。

【ルーバーと柱とのジョイント構造】 
見切り 素材

軽やかに見せるため、徹底的に構造を追求する

この廊下部分の屋根ですが、木のルーバーをメインに見せるために、スチールフレームをどうやって内側に隠すかというのを何度も検証し、工夫されています。普通に考えればルーバーとフレームを分けて組み立てることを考えますが、あえて全体の高さを薄く見せたいがために、ルーバーをフレームの中に入れて、一体の庇として見せています。このように形(フォルム)をどう見せたいかというこだわりがデザインであり、美意識の表現となります。

【どこに佇み、眺めても豊かな気持ちになれる設計】 
見切り 環境

三段階の光の変化がもたらす、室内外空間の妙味

建物の南北における断面の内外の空間を、光の量の違いでより際立たせています。南から、庭(池) ~ ルーバー庇のあるテラス ~ 内部屋根空間 ~ 北側開放テラス ~ 庭 となる「テラス~内部~テラス」と3段階に分けて構成されていることが光りの強弱をつくり、素敵です。

【どの位置からも同じに見える曲線の艶やかさ】 
見切り 素材

建築家のイメージと、それを具現化できる職人の腕と

大屋根のデザインでいえば、上部から3つの影をつくりながら屋根の端部、そして全部を構成しています。ガルバリウム鋼板という薄い金属でつくっているため、それぞれのジョイント部分で陰影をつくりながら重量感を演出しているディテールだと思います。
とらや工房の屋根の曲線が美しく見えるのは、数寄屋建築の美意識。これをつくるには、とても腕のいい板金職人が欠かせません。彼らの存在があるからこそ、三次曲面を美しく構成することが可能となります。

【コンクリートアプローチをデザインする】 
見切り 素材

そこを歩く人の目にどう映るのか
細部へのこだわりが、建物を引き立てる

アプローチにしても、こだわりが見て取れます。フラットバーを入れて見切りをつくっているのですが、特に写真上部のアプローチは、洗い出し仕上げが特徴的です。これはコンクリートに骨材をまいて、硬化する直前に溶剤を少し撒き、固まる寸前にスポンジで表面のコンクリートを拭き落とすのですね。そうすると、このように骨材が浮き出て無機的なコンクリートの表情に人の手の跡(=手間)が残ります。
目地にも手間がかかっています。コンクリート全体に割れ(クラック)が入らないように収縮目地を入れて、初めからコンクリートを分節するのですが、この目地のピッチ自身をデザインとして表わしています。

新堀 和巳

有限会社新堀和巳建築設計室 代表取締役。一級建築士。渡辺明設計事務所にて活躍後、独立。兵庫県安心住宅設計競技「システム提案部門特別優秀賞」受賞、あたたかな住空間デザインコンペ「LDKリフォーム賞」受賞など、数多くの受賞歴を持つ。住生活が第三の皮膚に相当するというバウビオロギー(建築生物学)をベースに、住まいづくりを進めている。