Review | 名建築を訪ねて 建築家・新堀和巳の考察
CASE.08 旧白洲邸(武相荘) 

自らの美意識を空間に刻み込んでいく
住まう人がとことん愉しむDIYの家

戦後、吉田茂の側近として活躍し、日本国憲法の成立にも深くかかわった白洲次郎・正子夫妻。今回は、彼らが第二次世界大戦に開戦後に移住した住まい「武相荘(ぶあいそう)」をご紹介します。当時の南多摩郡鶴川村にあった農家を購入し、自らの美意識をもとに少しずつ改築を重ねたこの建物は、日本の民芸、工芸という、ひと手間かける大切さ、美しさが、そこかしこに表現されています。こういう住まい、暮らし方を、現代を生きる人たちに、ぜひ知っていただきたいと思います。

【古来より育まれた、日本の普遍的な美しさ】

古民家に見出す迫力ある造形美
建築における温故知新がここに

武相荘は、見ての通り茅葺の家です。農家の古民家を買い取って、白洲さんと大工が話をしながら、いろいろいじっているのですね。そのセンスが抜群にいいのです。まず、建物のプロポーションがいい。建物と屋根の比率や勾配角度によって生み出される迫力は、今の建物も見習うべきものがあります。正面から見るとほとんど垂直ですね。また軒の見切りもとても美しく、重量感があります。実際に瓦屋根と違ってとても重いのですが、こういう本物の重量感は、パッと見て人の心に感じられるもの。こういった“感覚”が、建物にはとても大切なものなのです。

【日本の中に西洋をミックスさせるデザインセンス】

西洋のデザイン性を巧みに生かし、
経年変化も楽しむ卓越した美意識

武相荘の傍には山があって、散策ができるように設えられています。そこに向かうアプローチがとても素敵です。これだけの量の御影石を敷くことでボリューム感が出ていますが、特徴的なのは、石の敷き方が不規則に並べられながらも、空間全体は見事に構成されています。一見、自由に配置しているように感じられますが、白洲さんが卓越した美意識をお持ちであればこその形だと伺えます。留学経験や海外に赴くことが多かったことから、西洋の庭園などを知り尽くしていたのでしょう。散策道にも竹の柵を設けたりしています。有機物でつくることで、それはやがて朽ちていきます。この“劣化する(=古美る:こびる)”ことをどう捉えるかが重要であり、現代の人たちの多くは、劣化を美意識として捉えられなくなっています。メンテナンスフリーや耐久性ばかりを求めるため、経年変化による素材の味わい、楽しみ、余裕といったものがないですね。

【押入れの民芸的意匠に、唐長和紙の手業の美】

光と影、日本の手業の素晴らしさ
民芸、工芸の美しさを暮らしに取り込む

武相荘での白洲さんの美意識を表現している室内についても同様です。たとえば押入れの中段のつくりにしてまで、民芸家具のような意匠にしています。また書斎の襖には唐長和紙を用いています。絵柄の枝桜は白洲さんがとても好んでおり、オーダーしてつくらせたものだそう。この唐長和紙は、見る位置で光り方、見え方が変わるのです。影になれば白いところが黒くなり、光が当たれば輝くように光る。すべて貼りあわせでつくられています。
唐紙(和紙)というのは、昔は少し小さい大きさでした。武相荘のそれはわざと細切れに押しています。なぜそうしているかといえば、貼りあわせの“手業”がここに入るということを美意識としているのですね。一枚で合理的に貼るのではなく、人の手により継いでいく工夫にこそ美しさがある。民芸、工芸の素晴らしさを、住まいの中で表現しているのが、武相荘なのです。

【心に美の余韻を与える空間デザイン】

無駄のある住まいだからこそ、
豊かさを感じられる余韻が宿る

白洲さんは著書の中で、武相荘を称して“無駄のある家”と言っています。それを読むと、「デザインとは無駄なのだ」ということに気づかされます。よく「無駄をそぎ落としたデザイン」といいますが、そう考えるとシンプルデザインというものは、プラスの余白であると考えられます。シンプルにしたからこそ、そこにぽっと何かがあると際立つわけです。日本人は偶数ではなく、奇数を愛してきた民族です。割っても“余り”がでることに隠し味的な文化を感じるからなのでしょう。余りとは余韻ともいえます。余りや余韻は、合理的に考えれば無駄ともいえますが、余韻の無いもの(無駄のないもの)に美しさや豊かさは感じられません。空間を美しく、豊かにデザインするうえで、この“無駄のある”という言葉は、大きなキーワードだと思います。

【黄金律のプロポーション】 

文化を投げ出すと、自分自身も投げ出す
日本人の生き方、住まいの在り方を示した家

武相荘には離れもあり、そこは友人が泊まるスペースであったり、ものづくりが大好きな白洲さんの工作室であったそうです。この建物のプロポーションもとても素敵です。床から梁までの高さが4で、そこから上が5。この比率は黄金律に近いものですね。こういったバランスを感覚的に分かっていた人なのでしょう。聞けば、白洲さんが床面を上げたそうです。
「日本人ほど文化、文化と言って、文化を投げ出しているものはない。文化を投げ出すと、結局は自分自身を投げ出すことになるんだよ」。これも白洲さんの言葉です。これからの住まいづくりはもちろん、生き方としてしっかりと心に刻んでおきたいものです。

新堀 和巳

有限会社新堀和巳建築設計室 代表取締役。一級建築士。渡辺明設計事務所にて活躍後、独立。兵庫県安心住宅設計競技「システム提案部門特別優秀賞」受賞、あたたかな住空間デザインコンペ「LDKリフォーム賞」受賞など、数多くの受賞歴を持つ。住生活が第三の皮膚に相当するというバウビオロギー(建築生物学)をベースに、住まいづくりを進めている。