Review | 名建築を訪ねて 建築家・新堀和巳の考察
CASE.07 曽根原家住宅 

住まう人、訪れる人に心地よい空間づくり
空間の切り分けと光の明度が生み出す豊かな暮らし

昭和48年に国の重要文化財に指定された曽根原家住宅。長野県中信地区に特有の本棟造りで最古級の建物です。江戸時代初期より代々、庄屋を務められており、家族が暮らす部屋と客間、そして馬小屋など、空間の切り分け方、そして光と影のバランスに特徴が見られます。今回は、日本家屋が持つ落ち着きや豊かな生活とは何か、という観点で解説したいと思います。

【機能的で合理的なゾーニング】

一番大切なもの、人にいい部屋を
やさしい心が宿る江戸の人々の暮らし

曽根原家住宅は、いわゆる農家ですから人が住むだけでなく、作業場である広い土間もありますし、農耕馬を飼う馬屋もあります。暮らすことと働くことが密接につながったこの空間は機能的であり、合理的でもあります。住まいの中心に土間と居間を設け、南側の一番陽当たりがいい場所に馬屋を配置しています。馬屋の上には女中さんの部屋。馬がいるから冬でも比較的暖かいですから。一番働いてくれる馬や人を大切にする。こういう考え方は、すごく素敵ですね。
また同じく南側に8畳の上座敷(客間)、12畳半の下座敷があり、家族の部屋は北側に配しています。おそらく曽根原家は、長野の文化人を招いていたのでしょう。だからこういった座敷を設け、表玄関も構えている。長年にわたっていろんな文化が運ばれてきて、それでこういう住まいの形になっていったのだと思います。
プランニングをする際、日本家屋はとても参考になります。日本家屋は、結構廊下があるようなイメージがありますが、実際には廊下はないもの。必ず続き間となっていて、部屋の中を通していくと言うのが多いのです。いわゆる廊下というのが広縁とか縁側とかであって、それは動線ではないのです。曽根原家住宅のようなゾーニングは、現代の住まいにも十分に当てはまるものだと思います。

【本棟造りと書院造が融合したような住まい】

細部まで丁寧につくり込まれた
本棟造りの歴史が始まる住まい

本棟造りというものは平面的には正方形なのですが、曽根原家住宅は一部出っ張りのある変形となっています。実はこの建物は本棟造りを研究するうえで重要なもので、曽根原家住宅の後に、いわゆる今の本棟造りという形式が完成したそうです。しかしながら、そうであるがゆえに農家であるこの家の北側が、まるで書院造のような美しい庭を持つこととなりました。
昔の人は考え方がとても豊か。外の柱が「なぐり」仕上げになっていたり、下屋も含めて丁寧につくり込まれていますね。樋も隠しにしています。雨水が流れてきて下に落とす。こうしないと水が跳ねてしまいます。雨水が落ちるところに砂利を敷いて側溝にしているのですね。本当によく考えられています。

【光の反射を計算してつくる空間美】

光の明度が、空間に落ち着きを与える
“光の美意識”によってつくられた空間の艶

居間は、確かにとても暗いです。でも、光と影が極端ではあるものの、現代人はこういった空間をもっと見て、味わったほうがいいと思います。囲炉裏越しに見る上座敷はとてもきれい。影があるから光が引き立つのですね。これがすべて明るいと陰影が生まれず、きれいには見えなくなります。
庭に光が落ちて、それが軒下に当たります。軒下に当たった光がもう一度、床にバウンドして、奥の天井に反射します。そして最後に一番後ろの襖に光が当たるように計算しているのです。千利休の大徳寺などでは、襖をすべて鼠色の和紙に墨汁が塗られています。それに光に当ててみると、何ともいえない色っぽさがあるものです。曽根原家住宅やそういった襖を日本の美意識として体感していないと、明るさばかりを正として捉えてしまいます。これはとても残念なことです。

【住まう人の心をやすらげる明度】

外と中の暮らしを明確に分け、
空間の中に明暗を取り込む

昔の人は、今の人たちよりも外にいる時間が長かったから、外と中を分けて考えたのでしょう。現代は室内にいながら、外を延々と獲得しようとしています。だから「どの部屋も明るい家」という考え方になってしまうのだと思います。ヨーロッパもそうですが、外と内という空間の区分けを心理的にも区別することで、心やすらぐことができるのだと感じています。
以前にご紹介した「軽井沢の山荘B(脇田山荘)」においても、脇田さんが芸術家で、それを分かっているから1階のピロティを屋根のある庭と一体のリビングとして設けて、2階にあるリビングとは別に外と内を明確にしているのです。今の人は、リビングからテラスがつながって外と同様になるようにつくることが多いのですが、昔はその逆で完全に分けて考えています。家の中には光を抑えて取り込み、中から外の景色を鮮明に捉えようとすることで美しく見えます。暗さの美を理解したうえで、その明るさを感じるために暮らしていると、その明度に慣れてくるもの。この明度が心をやすらげるわけです。光が一番きれいに見える明度はどこか。それを昔の人々は考えているということですね。

【必要以上に明るくしないという選択】

五感を超えた感覚を
空間の中で感じる豊かさ

こういった暗さに包まれていると、身体がぐーっと上に持ち上げられる感じがします。空間のディテールは重要ですが、すべてを見せるのではなく人間のこういう感覚を覚えておくと、空間の心地よさを追求するうえで役立ちます。
参考までに申し上げますと、私が設計始めた頃は、店舗の明るさは300~500ルクスでした。それが今、求められる数値は1200です。1000ルクス以上になると、ものの輪郭が消えるのです。そうすることで商品の粗が消せる。画一的に見えるから都合がいいのですね。欧米では、写真撮影にすごく時間をかけ、丁寧につくり込みます。何重にも撮るのですが、それは陰影をつくるためです。現代の家にも、そういった陰影をデザインとしてもう一度取り入れて、空間の豊かさをつくっていきたいものです。

新堀 和巳

有限会社新堀和巳建築設計室 代表取締役。一級建築士。渡辺明設計事務所にて活躍後、独立。兵庫県安心住宅設計競技「システム提案部門特別優秀賞」受賞、あたたかな住空間デザインコンペ「LDKリフォーム賞」受賞など、数多くの受賞歴を持つ。住生活が第三の皮膚に相当するというバウビオロギー(建築生物学)をベースに、住まいづくりを進めている。