Review | 名建築を訪ねて 建築家・新堀和巳の考察
CASE.06 碌山美術館 設計:今井兼次

精神世界でつながった想いが生み出した
建築の根幹を表現してできた美術館

安曇野にある碌山美術館をご紹介したいと思います。観光スポットの一部の施設のように見えるこの建物、私の建築家としてのターニングポイントとなった建築なのです。一見、ごく普通のシンプルな佇まいや空間であるものの、そこにある眩いまでの精神性に、ものづくりの根幹を見た気がしたのです。今回は、環境や素材、見切りといった見方を超えた解説になりますが、ぜひ参考にしてみてください。

【精神世界の中で通じ合う美意識】

ひとつの芸術作品のような、
高い精神性を宿した建物

日本近代彫刻の先覚者である荻原守衛(碌山)の作品を展示・公開するために、1958年に碌山館はつくられました。この荻原守衛という方は、若いころからニューヨークやパリなどを渡り歩き、美術を学んだ人物です。明治34年には渡米を決意して洗礼を受けています。一方、碌山館の設計者である今井兼次先生もカトリック。単に建物をつくるということではなく、精神性の部分で分かち合える人物として今井兼次先生が選ばれたのではないかと私は考えています。
この建物は、環境とか素材などの構成要素から解釈していくよりは、建物自体がひとつの彫刻作品のようなものとして捉えて欲しいです。彫刻という、その中に高い精神性が込められていなければならないものは、格好をつけてつくる領域ではない。荻原守衛と今井兼次がお互いにフラットな上に存在しながらつくるものだと思います。建築家が施主から何かを引き出すのではなく、お互いに分かり合った精神世界の中から自然発生的に生まれた作品が、この碌山館だと思うのです。

【一人ひとりの思いを建物に込めるさ】

カトリック教会をつくるように
碌山館の建築思想に宿る思い

碌山館の監理を行ったのは、東京藝術大学彫刻科の助教授であった笹村草家人先生。今井兼次先生と何度も話し合い、“碌山が若くしてキリスト教による影響を受け、成長した精神を象徴すること”“明治時代の作品を収蔵するのにふさわしい明治建築の構成を持つこと”“信州の厳しい気候に耐えられる北欧風の建物であること”の3つの構成要素を立て、教会様式の設計がなされたそうです。
今井兼次先生は、ガウディを日本に紹介した方です。そういった影響もあってか、もともと意匠性の高い設計を得意とされていますが、碌山館の内部はとてもやさしい光の空間だけをつくっています。荻原守衛先生の作品が生きることを考えて設計しているのですね。
外のレンガ造りをよく見てみると、素焼きのレンガを一つひとつ積み重ねています。単純に建物をつくるだけならコンクリートでつくって左官で塗ればいいわけですが、ここに高い精神性を込めていると思います。一個、一個、いろんな人にレンガを焼いてもらって、それを積ませてつくっている。あえて焼成温度が上がり過ぎて焼き過ぎになった規格外のレンガを用いていますし、積み上げ方においてはレンガが飛び出ているところもあります。教会がつくられる歴史を見てみると、信者が寄付をして、ボランティアによって建てられるのですね。事実、碌山館も長野県下の小中学校の生徒をはじめとする延べ30万人の寄付やボランティア労働によってつくられています。人々が心の中に宿す美しい精神性を、今井兼次先生は碌山館に込めたかったのだと私は解釈しています。

【乱反射した光をフラットにする工夫】

作品を引き立てるやさしい光
計算し尽くされた開口部の設計

外の開口部を見ると壁厚分、柱厚分だけ窓が奥に設えられています。逆に中の開口部は見込みがあまりないので壁と平らに見えますね。このことで光を均一に取り込めるようにしているのだと思います。外の荒々しさの中で乱反射した光が、中に入るとフラットでやさしい光となる。そんな緻密な計算が、開口部に込められています。

【まるで絵画のような、語りかけてくる外壁】

その建物に関わる人々の想念を
込めることで生まれる高い芸術性

ここは碌山館の裏側ですが、壁がまるで絵画みたいですね。おそらく素材にたくさんの人間の想念を入れたから、このようなぐっと迫ってくるものになったのだと思います。幾重にも塗り重ねられた油絵のようです。こういった表現が、この碌山館には至るところで見られます。
若き日の私は、この建築を目の前にしたとき、建築家としての概念を足元から考え直すこととなりました。技術や論理だけではなく、その上でもっと大切な建築への精神の注入が本当の意味でのいい建築物を生み出すものだと、あらためて気づかされました。結局、精神世界がどこかで出ていないと人が心に響く建物はつくれないのだと教えられた重要な建築そのものだったのは間違いありません。

【地面から生えるような建物】

異質の中に生まれる、力強い建物の息吹

あえて見切りを解説すると、この建物と地面との見切りが面白いですね。見切りを明確にしていません。地面からまるで建物が自然に生えてきたような印象を受けます。大地(動)と建築(静)が交わる見切りを深く考えることで、力強く見えるのです。日本の建築は、木造が主体であったために雨水などの耐久性を考えて、通常犬走りなどの建物を砂利で縁を切ることが多いのですが、まだ初期のコンクリートの建物を考えて木造とは異なる大地との見切りを欧州で見てこられた今井先生の表現であるとともに、この建物全体の調和として静から雰囲気を表わしているのだと思います。

あえて見切りを解説すると、この建物と地面との見切りが面白いですね。見切りを明確にしていません。地面からまるで建物が自然に生えてきたような印象を受けます。大地(動)と建築(静)が交わる見切りを深く考えることで、力強く見えるのです。日本の建築は木造が主体であったために、雨水などから建物を守る工夫が必要です。耐久性を向上させるため、通常、犬走りや砂利などで建物と地面との縁を切ることが多いのですが、碌山館は、木造とは異なる大地との見切りを欧州で見てこられた今井先生のひとつの表現として、このような形にされたのでしょう。また建物全体の調和として、“静”から雰囲気を醸し出す手法を取られているのだと思います。

新堀 和巳

有限会社新堀和巳建築設計室 代表取締役。一級建築士。渡辺明設計事務所にて活躍後、独立。兵庫県安心住宅設計競技「システム提案部門特別優秀賞」受賞、あたたかな住空間デザインコンペ「LDKリフォーム賞」受賞など、数多くの受賞歴を持つ。住生活が第三の皮膚に相当するというバウビオロギー(建築生物学)をベースに、住まいづくりを進めている。