Review | 名建築を訪ねて 建築家・新堀和巳の考察
CASE.04 Tの家 設計:渡辺明

山々の頂を望む高台に佇む
建築家の大胆な発想を散りばめた
熟考された住まい

恩師である建築家 渡辺明先生の設計で、晩年での実験的考察の住まいをご紹介しましょう。この住まいは、少ない容積の条件の中で、建築家としての大胆な発想を思い切って具現化しています。空間の見え方、納まり、そして陰影。渡辺明先生の中にある美意識と建築家としてのこだわりやプライドといったものを見つめ、解説したいと思います。

【人の視覚的認識をずらす仕掛け】

梁を45度に振ることで生まれる
空間の魅力、流れる時間の豊かさ

この住まいの特徴であり魅力は、2階のリビングで感じることができます。階段から上がってきていきなり目の前に広がるわけですが、敷地が大きくないので、リビングもそんなに広くできません。ここでは、リビングを45度に直交する梁を架構することで、オーソドックスな四角い空間を人の視覚的な認識のずれを利用して、大きく伸びやかに魅力を増大させています。さらに梁を低く下げることで、スケール感を瞬間的に捉えられなくなる。この空間が魅力的に見えるのは、そういう仕掛けがあるからなのです。また見る角度によって空間の捉え方が変わってきます。どこに佇み、どこに座るかによって違う表情に見えるのですから、ここで過ごす時間が豊かになることはいうまでもありません。

【空間をシステマチックに見せないデザイン】

どこから見ても美しいように
空間を徹底的に考察し、デザインする

この建物は木造ですが、構成材をすべて切り離した形でつくっています。通常、木造の場合は柱と壁が一体となりますが、ここではすべて柱から遊離して外側に壁を出し、柱を独立させています。もしかすると構造的に関係のない柱もあるかも知れません。でも、この柱があるから04-Aでも解説した視覚的ずれが生じるのです。また、天井部分を鉄骨ジョイントしなければならないのですが、もし壁の真上でのジョイントだと鉄骨が見えてしまい、この空間がシステマチックに感じられてしまいます。そういう意味においても、ずらしているわけです。もちろん見切りとしての美しさも考慮されています。窓枠もありませんから、視界に入ってくる情報量が少ないので簡素な美しさが感じられるわけです。空間がどのように見えるのかを徹底的に考察し、デザインするのが建築家の仕事なのです。

【目で見て、肌で触れる板間】

靴を脱ぎ、座り、寝転ぶ
日本人の生活習慣から素材を選ぶ

リビングや1階の寝室の床は、大陸貼りの板間となっています。定尺で交差するように貼るやり方です。板間といいましたが、今はみんなフローリングという言い方をしますね。でも、フローリングというと西洋的であり、土足仕様のイメージになります。日本人は靴を脱いで生活しますし、その場に座ったり、寝転んだりもします。だから“板間”という日本的な床のつくりとして、そこでどんな暮らし方をするのかも考えながら素材や色調、または大陸貼りのような施工方法などを選ぶ必要があるのです。

【日本人が持つ美意識をくすぐる陰影】

光と影を操ることで、
日本人が愛する本物の美が姿を現す

魅力ある空間、暮らしていて豊かさを感じる住まいをつくる上において重要となる要素が“陰影”です。ところが、この陰影を最近の人たちはあまり喜びません。「とにかく明るい家にしてくれ」の一辺倒ですから、影の無い家になってしまうのですね。そうなると奥行きのない薄っぺらな家になってしまいます。影があるからこそ物の輪郭が浮かび上がり、きれいなのですが、そこの本来、日本人が持っている美意識に気づかないといいますか、忘れてしまっている人が多くなっています。扉の表面に使われているこのような網代を素材として見てしまうのが普通でしょうが、これは織り込まれたいくつもの影をつくり、素材を際立たせているのです。細かな光や影が入り交じって見える美しさは、フラッシュ扉のような平坦なものには無いわけです。また、リビングにおいても全部がガラスだと明る過ぎて落ち着かなくなります。中央の柱で陰影をつくり、柱の左右から光がやさしく回ってくることで光の強弱を認識できて豊かな気持ちになれます。オーク材の床に反射した光が、壁に当たってまた柔らかくなって。建築家は、こういう影をつくるのに必死なのです。だから彼らは“光と影”という言葉を常日頃から使うのです。

【平面図だけでは表わし切れないディテール】

ミリ単位で美意識を具現化していく
新建材では決して生まれない豊かな空間

和室の壁は、栗材のなぐり仕上げでつくられています。このなぐりという加工を機械でやってしまうと同じ表情になってしまい、手加工のランダムな彫りの美しさはなくなります。このような仕上げは手間のかかることであり、壁をつくる1枚1枚、栗材をまずなぐり加工を施し、それから壁に張ると彫られた深さのずれが生じるので、貼った後、もう一度、木と木のつなぎ目を馴染ませるように整えているのです。設計図にはそこまで書けませんから、職人への細かい伝達が重要であり、その他の部分においても、この和室の設計図を書くだけでとんでもない図面の量と検寸が必要になってしまいます。また、枠を壁面より内側にした納まりは、当然、壁面の小口が出てきますので、それを整合しうる高い技術がないとできないことです。今の新建材でつくる家は、このような美意識の上に立つものでなく、一番ラクなつくり方を選ぶわけです。美意識でも合理性でもなく。ラクなつくり方を選んでいるだけなのです。もう一度、この絶対的=普遍的な世界の豊かな空間づくりを見直してはいかがでしょうか。

【水はけを考慮した斜めになった手すり】

細部にまで先人の知恵を組み込み
デザイン性と機能性を両立させる

この建物では、テラスをリビングよりも一段低くしています。最近はリビングとテラスのレベルを同じにする人が多いのですが、視覚的に一体になるのはよいとして、動線的に一体になるのは必要性があまりなく、むしろリゾートなどでは内外のスペースを明確に分けることが機能として上であるように思います。ちなみにテラスを囲む手すりですが、少し斜めにしていますね。これは雨などの水を落とすためのもの。関東では少ないのですが、京都などでは障子の桟が斜めになっています。ハタキではたいたときに埃が落ちやすいようにしているのです。そういった先人の知恵を、しっかりと細部の設計に採り入れています。

【フラッターエコーを抑える素材・ファブリック】

音の響き具合を計算・設計
ストレスを感じない環境づくり

天井がこれだけ高い大空間は、音が響くという難点があります。話し声や音がフラッターエコーだと、人はストレスを感じてしまうもの。だからこの住まいでは吸音材を用いています。仕上げの段階で私たちは手を叩いて音の反響を見ます。もしそれで少しラッターエコーが気になるようだと、たとえばラグを敷くとか、もうちょっと雑貨を増やすなどの提案をします。

新堀 和巳

有限会社新堀和巳建築設計室 代表取締役。一級建築士。渡辺明設計事務所にて活躍後、独立。兵庫県安心住宅設計競技「システム提案部門特別優秀賞」受賞、あたたかな住空間デザインコンペ「LDKリフォーム賞」受賞など、数多くの受賞歴を持つ。住生活が第三の皮膚に相当するというバウビオロギー(建築生物学)をベースに、住まいづくりを進めている。