Review | 名建築を訪ねて 建築家・新堀和巳の考察

CASE.10 イタリア大使館別荘

設計:アントニオ・レーモンド

CASE.10 イタリア大使館別荘

アントニオ・レーモンドの設計により建てられた
モダニズム建築。

新シリーズ 第1回
栃木県日光市 イタリア大使館別荘記念公園

これまで日本におけるさまざまな名建築から、美しく豊かな住まいづくりのヒントを私なりの解釈で解説してきました。これまでのような「素材」「環境」「見切り」という建物そのものを対象にした観点ではなく、建物の時代背景や、その文化・思考、そして暮らしといったものから、その建物がなぜ生まれてきたのか、どうしてそこに現代にはない豊かさを感じるのかを考察してみたいと思います。そのような視点が、建物を通して見るこれからの私たちの心身のバランスを保つような暮らしの在り方のアドバイスになれば幸いです。

日本の素材を巧みに生かした、趣のあるモダニズム建築

明治中ごろから昭和初期にかけて、中禅寺湖には多くの外国人別荘が建てられ、国際避暑地として発展したそうです。その湖畔に佇むのが、今回ご紹介する「イタリア大使館別荘」。その名の通り、イタリア大使館の夏季別荘として建造されたそれは、昭和3年の竣工で、アメリカの著名な建築家であり、外交官でもあったアントニン・レーモンドの設計です。
レーモンドはチェコ出身で、大学で建築を学んだ後にアメリカに移住。フランク・ロイド・ライトのもとで学び、帝国ホテル建設の際に来日しました。その後、戦前・戦後、日本に永くとどまり、数多くのモダニズム建築を残しています。そんなモダニズム建築作品の中で、このイタリア大使館別荘は、木造建築と日本の関係を表した、とても貴重な建造物といえるでしょう。

建物の内外装を見て、おそらくみなさんが感じられることは、とても簡素なデザインだということではないかと思います。モダニズム建築として、木軸の構造体を見せるのでもなく、床や壁を石やコンクリートのようなハードな質感で見せるでもなく、日本家屋の一般的な架構でつくられており、クセのない建物であります。また、シンプルとはいえ、大使の別荘であることですが、内装外装ともにスギの皮で装飾された趣のある仕上がりになっており、この簡素さの中に、日本文化と技術を表して感性を刺激したことでしょう。もちろん、ヨーロッパのリゾート地に立つ山小屋なども、とても簡素で美しいのですが、このイタリア大使館別荘とは異なる趣があります。レーモンドは、日本の素材を巧みに生かしながら、ヨーロッパ人がリゾートを楽しむ時間を包む雰囲気を壊さないようにデザインした上で、日本の棟梁の技術力の高さに驚き、感銘を受けて、欧米人としての彼の新しい方向性を生んでくれると考えたのではないでしょうか。もちろん、日本ですから海外の技術者がいるわけでもなく、日本の職人がつくりあげるしかないわけですが、その作り手(職人)へのリスペクトが表れているため、この建物にどこかしら奥ゆかしい雰囲気を纏わせるひとつの理由になっているのではないでしょうか。

室内において特徴的なのが、食堂と居間、書斎がワンルームになっていることです。この時代の欧米のスタイルでいえば、これら空間は壁で仕切られ、独立した部屋として存在することが一般的でした。しかしレーモンドは機能エリアをひとつのワンルーム空間にすることで、別荘(リゾート)という非日常のシーンを、開放感によって豊かに演出しています。食堂、居間、書斎は、すべて広縁(テラス)に面しており、どの角度からも中禅寺湖や美しい山々が眺められる設計となっています。また、ワンルームではありますが、その分、天井の柄を変えて、空間の区別を意識させる工夫もしっかりと施しているところが、レーモンドのこだわりなのでしょう。
私が考えるに、この空間発想も日本の家屋から影響を受けたのではないでしょうか。土間や居間、そして障子を開け放てば続きの間がある日本家屋の空間の一体性の心地よさを、ここを設計するうえで採り入れたのではないかと思うのです。

景観の取り入れ方こそが、リゾートを感じさせる彼流の演出

この建物の前提が避暑という夏の家だということで、レーモンドはひとつの開放感を、この建物で提案していると考えられます。本来であればテラスとして設けるところを、日本式の広縁として構成しています。ところがこの広縁は、室内外にガラス戸を設けたサンルームとしてのデザインであることが分かります。洋と和の融合が見ていて楽しい限りです。
ここからの中禅寺湖の見え方にも特徴があります。あえて北側に中禅寺湖が見えるように位置している。つまり北向きの家というわけです。日本の普通の家、暮らしなら南向きに建てますが、この別荘は避暑であり、リゾートであるわけですから、南からの光を受けて輝く湖を見せたほうが断然景色が美しいわけですね。その奥の山並みや湖がその山に隠れる姿など、抜群のロケーションを選んで建てていることが伺い知れます。さらにいえば、ここは国立公園内なので、視界の先に構造物がまったく見えない。だから今も、景色がより美しく感じることができ、まさに非日常が演出されるというわけです。

主に大使とその家族が使用したといわれていますが、だからといってフォーマルさは失っていません。ワンルーム内のダイニングとは扉ひとつ隔ててキッチン、食堂があり、日常の簡単な食事などは、掃出し窓から桟橋へのアプローチがつくられていることを見ると、大使家族の主動線として使用した部屋と考えられます。2階の使用人部屋とキッチンとつながった階段を上がったり、下りたり、当時の情景が浮かびます。

モダニズム建築がクローズアップされている現在において、若い世代の方は、この建物をどう捉えるのか興味があります。空間と人の暮らし、そこにある時代や文化が現代にはない豊かさを教えてくれると思っているので、これからもそんなテーマで語っていければと考えております。

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新堀 和巳

新堀 和巳

有限会社新堀和巳建築設計室 代表取締役。一級建築士。渡辺明設計事務所にて活躍後、独立。兵庫県安心住宅設計競技「システム提案部門特別優秀賞」受賞、あたたかな住空間デザインコンペ「LDKリフォーム賞」受賞など、数多くの受賞歴を持つ。住生活が第三の皮膚に相当するというバウビオロギー(建築生物学)をベースに、住まいづくりを進めている。