Review | 名建築を訪ねて 建築家・新堀和巳の考察

CASE.11 真岡市久保講堂

設計:遠藤新

CASE.11 真岡市久保講堂

フランク・ロイド・ライトの高弟、
遠藤新先生によって設計されたモダニズム建築。

新シリーズ 第2回
栃木県真岡市 久保講堂

ファサードデザインとプランニングが異なる、時代背景を物語る設計

今回の「久保講堂」ですが、この建築物は昭和13年、帝国ホテルを設計したフランク・ロイド・ライトの高弟で、当時の日本建設界において名声高かった遠藤新先生によって設計・竣工されました。真岡市内に在住の美術評論家である久保真次郎(くぼさだじろう)氏による寄贈で、真岡小学校児童の体育活動や芳賀地方の児童会の作品展示会、戦没者慰霊祭、合併後の市議会など、さまざまな活動拠点として活用されて来たそうです。私たちが考える体育館というものではなくて、コミュニティハウスとして暮らしに寄り添ってきた建築であったことが伺えます。

その後、真岡小学校の体育館の完成や久保講堂の老朽化などから取り壊しの方針が打ち出されます。しかし昭和54年、真岡小学校卒業生を中心とした「久保講堂をのこす会」が署名活動を行い、昭和56年には遠藤新先生のご子息で、建築家の遠藤楽先生をはじめとした専門家の実地調査を経て、昭和61年に現在の場所に移築されました。平成9年には県内の建造物としては初の「国登録有形文化財」に登録されています。近代の建物を、人々の心を結集して残されたことは、建築家としては本当にうれしい結果だと思います。

写真を見てもお分かりのように、水平を強調した意匠は、フランク・ロイド・ライトの影響を多分に受ける遠藤新先生らしい設計です。正面バルコニーの左右に搭屋を設けたシンメトリーなデザインは、下屋下のコリドー空間をつくるために、木造建築でありながらもバルコニーを手前に出して切り取ることでモダンさを演出しています。そして、バルコニーを支える列柱を2本重ねることでボリュームを持たせ、美しさを見事に生み出しています。

ここで注目しておきたいのは、このファサードの意匠とプランニングがまったく異なっていることです。講堂という建物の一般的なゾーニング(配置計画)とすれば、エントランス~ホール~客席~舞台として動線がそのまま貫く一直線のものになるのが必然となりますが、そのゾーニングとはまったく関係のない建物横からのアプローチとしています。建物全体を、コストを考えて従来の木造建築としている上で、アプローチ正面だけを南側回廊(コリドー)と塔をモルタル仕上げでシンプルな洋風な意匠で構成しています。

内部のデザインも遠藤新先生らしく、直線がとてもきれいで丁寧なデザインです。舞台後ろの壁面を半円形に建てて、奥行きや音の反響を考慮しています。興味があるのは、客席の舞台に向かって左右が一段高くなった桟敷にしてあるところです。おそらくここには、先生や来賓者、議員の方々の格式や議論などのさまざまな用途として、当時必要なものであったのではないでしょうか。

その建物に染み込んだ想い出が、建物の存在価値を生み出す

でも、そこが、この久保講堂を語る上での一番のキーポイントではないかと、私は考えるのです。昭和初期の時代背景を考えると、議論などはもちろんのこと、格式として今とは違う先生と生徒との関係性がもっと深く、子弟・上下の厳然とした関係があると思います。当時の学校全体の校舎の配置と動線を見ると、学び舎から久保講堂へのアプローチは2本ありますが、おそらく生徒たちは、正面左の玄関から入り、この桟敷の脇をすり抜けるように通り、静かに整列した風景が浮かびます。

当時は体育活動もしたでしょうが、あくまでも体育館ではなく講堂。ある意味、とても神聖な場所なわけです。児童が小さな入口を静かに整然と入ってくるという、おくゆかしい前提がないと、こんな設計はできません。その時代の文化、思想、そしてそのことによる人の動きから思い浮かべてのプランニングとなっているのではないでしょうか。
ちなみに2つの塔は、意匠的な側面とともに、換気に大きな役割を果たし、講堂を使用する児童を第一に考えたものだそうです。師や親を敬い、子を愛する。この時代のごく自然で当たり前の関係性が、この建物に宿り、それが見た目以上の美しさ、豊かさにつながっているのだと考えます。

久保講堂が、なぜ取り壊されずに移築され、残ったのか。卒業生有志が保存活動を起こしたとのことですが、おそらく彼ら彼女たちは、単に建築的なデザイン・価値という観点から行動したのではなく、この建物に詰まった、または染み込んでいる恩師や友人たちとの想い出が生き続けているから、それは自分たちだけではなく、それ以前から受け継がれてきた先輩たちの息吹を感じたからに他ならないのではないでしょうか。つまり、美しく、豊かで、いつまでもその建物を眺め、寄り添って生きていきたいと思える建物は、そこに永遠の記憶と哲学が育まれていると思います。久保講堂を見て、住まいづくりにおいて本当に大切にすべきものは、人の心がそのままカタチになるんだと考えさせられたことです。

新堀 和巳

新堀 和巳

有限会社新堀和巳建築設計室 代表取締役。一級建築士。渡辺明設計事務所にて活躍後、独立。兵庫県安心住宅設計競技「システム提案部門特別優秀賞」受賞、あたたかな住空間デザインコンペ「LDKリフォーム賞」受賞など、数多くの受賞歴を持つ。住生活が第三の皮膚に相当するというバウビオロギー(建築生物学)をベースに、住まいづくりを進めている。