Review | 名建築を訪ねて 建築家・新堀和巳の考察

CASE.05 豪商の館 田中本家博物館
CASE.05 豪商の館 田中本家博物館

日本人の美意識と機能性に裏打ちされた
華やかで激動の江戸時代を生き抜いた豪商の館

今回は、長野県須坂市にある豪商の館 田中本家博物館を訪ねてみました。江戸中期に初代新八が穀物、菜種油、煙草、綿、酒造業などを興し、三代と五代は、幕末には士分として藩の財政に関わるなど、まさに豪商の名にふさわしい発展を遂げた家です。住まいであり、商売の場であった商家の見事なまでの機能性、美意識をお話ししたいと思います。

合理的な発想の中から生まれた敷地計画と構造

商売にとっての効率性追求と メンテナンスの容易性を考えた造り

田中本家は、周囲を蔵で囲んでいます。豪商ですから、さまざまな商材を大量に保管せねばならず、かつ効率的に出し入れができなければなりません。そういう意味において、敷地を蔵で囲むというのは、とても理に適ったゾーニングだと思います。小都市を自分の敷地内につくるという発想だったのかも知れませんね。また蔵にすることにより、塀で囲むよりも耐久性が高まります。
ここで注目したいのは土蔵の足元。基礎の上を一部板貼りにしています。これは雨の跳ね返りを考えてのもので、武家屋敷にはない造りですね。雨の跳ね返りは土壁を汚し、老朽化の原因ともなります。そこで板貼りにすることで容易に貼り替えができるようにしたわけです。メンテナンス性を高める合理的な考えは、やはり豪商ならではといったところでしょう。

浮遊感を与えることで生まれるスタイリッシュさ

江戸時代につくられたモダンスタイル 自然の摂理を受け止めた、巧みで美しい工夫

基礎は石の2段積み。その上に板貼りの部分があるわけですが、そうすることによって足元の見切りがとても美しく仕上がっています。少し引いて眺めてみると、建物が浮いているような印象を受けます。重量感を少なくすることによって、モダンに見えるのです。
また壁のわきには堀をつくっていますが、ここに水を張ることで屋根から流れ落ちる雨水の跳ね返りを少なくしています。石文化のヨーロッパではメンテナンスの概念が乏しいですが、日本人は自然の摂理を受け止めて、メンテナンス方法を、巧みに美しく計画するセンスを持っているのがよく分かります。

その建物が持つ財産をいかに生かし切るか

二次元で終わるのではなく、 三次元で素材感の美しさを表現していく

ここでは開口部に注目しましょう。壁の厚みを活かして開口部を回しこんでいますね。こうすることによって開口部かやわらかく見えるのです。今は枠を設けて、そこで左官作業が終わるような手軽なつくり方が多いのですが、これだけ壁が分厚いのですからマッシブな美しさを追求したほうが、建物に高級感と優雅さが生まれます。二次元ではなく、三次元で建物をフィニッシュさせようとしているところに好感が持てますし、感心もします。素材感を生かした究極のつくり方だと思います。

江戸時代にもはやあった2階リビング

2階からの眺めを第一に考えた、 高床の平屋という斬新な発想

このフォルム、なんとなく一般の建物とは違った印象を受けませんか。そうです。1階が2階と比べ、極端に低いのです。屋根を立派につくり、1階を全体の1/4の比率にしています。見上げるような堂々とした佇まいは、プロポーションとしてとても美しいもの。この美意識は、日本人でないと理解できないものです。
私は、これは「高床の平屋」という発想で設計されたのではないかと考えています。1階は使用人の部屋やバックヤードとして使う場所。2階はお客様を招き、茶会などを催した空間。そんな使い分けだったのではないでしょうか。美しい庭園も、2階から眺めることを大前提としてつくられているのではないか。回遊式に庭園を愛でるには、この高さが一番良かったのではないかと考えます。現代の住まいも2階リビングとする住まいが増えていますが、豊かな暮らしをつくるうえで、田中本家はとても参考になると思います。

リアリストだからこその空間づくり

そこにいるだけで気持ちいいと思えるのは、 その空間を普遍性のあるものに仕上げたから

蔵と母屋の塀の間にあるストレートな路地。石と砂利と木と左官でつくられていますが、それらは日本の古来よりある究極の素材です。だからこそ空や植えられた木々などの自然とよく馴染むのですね。こういう空間は全世界共通で、有機物でつくった空間は普遍性があります。住まいづくり、心地のいい空間づくりには、この普遍性をどうつくっていくかが大切なのです。
路地のつくりにおいて、多くの場合、曲げたくなるものです。「奥ゆかしさ」を語るために、その先に何があるか分からない、期待するように、曲げて見えなくしたがるのです。しかし、田中本家の路地はストレート。これは豪商ならではのリアリストぶりが表れている、面白い部分だと思います。

コンクリートのようなボリューム感の美しさ

防火性能を高める部分にまで、 美を纏った日本の蔵という建物

日本の木造建築の中で、蔵だけは火が移らないように土壁と漆喰で防火性を高めています。本来、この部分は機能性の高さを語るべきところですが、私は見切りとしての美しさを評価しています。左官の量感の美しさが表出していますね。ボリュームがあるから、すごく力強い美しさが感じられます。これはコンクリート造に通じるものがあります。
屋根を底目地にして、雨戸部分を底にしています。そうすることで陰影が走り、しっとりとした美しさに包まれた建物となります。屋根と壁の2つの立体を際立たせていますし、そこに木々が覆いかぶさることで、さらなる美しさが生まれています。

新堀 和巳

新堀 和巳

有限会社新堀和巳建築設計室 代表取締役。一級建築士。渡辺明設計事務所にて活躍後、独立。兵庫県安心住宅設計競技「システム提案部門特別優秀賞」受賞、あたたかな住空間デザインコンペ「LDKリフォーム賞」受賞など、数多くの受賞歴を持つ。住生活が第三の皮膚に相当するというバウビオロギー(建築生物学)をベースに、住まいづくりを進めている。